フランス・オペラとはなにか


   オペラって,フランスにもあるの?なんて,思っている人は多いのではないでしょうか.オペラということで一般的に思い起こされるのは,ヴェルディ,モーツァルト,ワグナーというところでしょう.ちなみに,音楽之友社の「名作オペラ・ブックス」に収録されているフランスのオペラはわずかにビゼーの「カルメン」だけです.じつは,フランスにも17世紀から18世紀にかけて,これぞフランス・オペラと言えるようなオペラが花開いた時代があったのですが,リュリとかラモーといった作曲家が確立したフランス・オペラの伝統は,イタリア・オペラや19世紀以降のオペラとは違った特異な特徴をもっていて,私たちにはなじみにくいのです.ここでは,そうしたフランス・オペラの仕組みと歴史を紹介したいと思います.

  フランス・オペラの分かりにくさの一つには,17世紀の後半にフランス・オペラができあがったときに,もとになった諸形式(仕掛け悲劇,牧歌劇,宮廷バレエ,イタリア・オペラ)がさまざまな形で取り込まれて,いくつかのジャンルを作っているからです.そこで,フランス・オペラのジャンルにはどのようなものがあるのかということから見ていきましょう.

T.フランス・オペラのジャンル

  1. 音楽悲劇 tragédie lyrique, tragédie en musique, opéra
    17世紀後半に確立したフランスの古典悲劇と同じく,ギリシャ神話を題材にして書かれた悲劇に,音楽をつけたものです.神々が天上から舞い下りてきたりするので,それを演出するために,大がかりな機械仕掛けが使われました.詩人,音楽家,舞台装置家の三人がそろわなければ,音楽悲劇は成り立たなかったのです.1673年に初めてリュリが音楽悲劇
    『カドミュスとエルミオーヌ』を上演した頃には,批評家たちから酷評されました.その後,18世紀の初頭,1730年代,1750年代に,イタリア・オペラとフランス・オペラを対比する論争が起こり,両者の優劣が議論されました.リュリからおよそ100年たって,1770年代にグルックが「音楽悲劇」をふたたび隆盛に導き,グルック・ピッチンニ論争で両国のオペラの優劣が議論されました.グルックのオペラは,モーツァルトを思わせるような(というよりもグルックの音楽がたぶんにモーツァルトに影響を与えているように思われますが)音楽でありながら,そのオペラの構成は,フランスの「音楽悲劇」本来のあり方を取り戻しています.
  2. 半神牧歌劇(英雄牧歌劇) pastorale héroïque
      イタリアでは16世紀後半に古代ギリシャ悲劇の復興の機運が高まっていた頃、古代ローマの羊飼いたちの素朴な生活と中世イタリアの宮廷恋愛の純粋性への嗜好がひとつになって、純粋な恋愛を追い求める羊飼いたちの姿を描いた牧歌劇(パストラル)が、タッソの『アミンタ』やグアリーニの『忠実な羊飼い』などによって急速に流行になりました。しかもそれがイタリアにおけるオペラの創始の時期と同じだったために、17世紀の初頭のイタリア・オペアではパストラルを題材とすることがよくありました。こうしたパストラルの流行はフランスにも移入されてパストラル劇が多数上演されるとともに、フランスにおける音楽劇はパストラルを用いて創始されることになったのです(ペランの『イッシのパストラル』や『ポモーヌ』など)。その後、純粋なパストラルではなく、羊飼いやニンフの他に、半神といわれる(つまり父親か母親のどちらかが神)英雄たちをパストラルのなかに登場させる牧歌劇が作られるようになりました。リュリの『アシスとガラテ』などがあります。
  3. バレ・ド・クール ballet de cour
    16世紀の後半に宮廷で始まったスペクタクルですが,17世紀になって国王や宮廷人に支持されて急速に確立しました.詩,音楽(声楽,器楽),舞踏,舞台装飾が結合した総合的スペクタクルです.いくつかのアントレで構成され,物語は独唱によって進められ,最初から最後まで一貫した筋をもちます.さまざまな衣装をまとい,場合によっては仮面をつけた登場人物は,一目で何を表しているかが分かるように作られています.リュリが出るまでは,詩,音楽,舞踏のすべてが複数の人々によって制作されていましたが,リュリ以降は三人の詩人,音楽家,舞台装置家によって制作されるようになりました.
  4. 音楽喜劇 comédie-ballet, comédie lyrique
    モリエールを筆頭とするフランスの伝統的な喜劇に音楽をつけたり,バレエを挿入してできあがったジャンルです.モリエールとリュリによる『町人貴族』や,フランス・オペラを否定的に評価していたグリムが称賛したラモーの『プラテ』などがあります.
  5. オペラ=バレ opéra-ballet
      これぞフランス・オペラというジャンルです.それぞれに筋書きが完結する複数の幕(アントレと呼ばれる)によって構成されます.それぞれのアントレにバレエの場面が挿入されるので,オペラ=バレの名称があります.このジャンルの創始者と言われるカンプラの『優雅なヨーロッパ』,ラモーの『優雅なインドの国々』(インドと言っても,当時の人々にとっては,インカや中東の国々のこと),ルソーの『優雅な詩の女神たち』などがあります.
  6. 一幕もの acte de ballet, intermède,
      一幕で完結する音楽劇には,いろいろなものがあります.「アクト・ド・バレ」と呼ばれるラモーの『ピグマリオン』は,自分の作った彫像に恋をしてしまったピグマリオンの前でこの彫像が生身の女性になってしまうという有名な話を題材にしていますが,生身の女性になった彫像が身振りやダンスを覚えるところに,巧みにバレエが使われています.また1753年当時大変な人気を博したルソーの『村の占い師』は,「幕間劇」です.これは,もともとイタリア・オペラで,幕間に気分転換として上演されたインテルメッツォがフランスに入ってきたものですが,フランスでは幕間で上演されたわけではなく,一つの独立した音楽劇として上演されました.
  7. オペラ=コミック opéra-comique
      サン=ロラン縁日芝居とサン=ジェルマン縁日芝居が1715年からオペラ・コミーク座として興行するようになったことからつけられた名称で、通常の台詞にエールが挿入される形をとるジャンルです。コメディー=フランセーズやオペラ座の演目のパロディーが多くあります。とくにオペラ座で成功を博したオペラのパロディーがオペラ=コミークとして作られるのが一種の習慣のようになっていました。パロディー以外では、庶民の生活を描いた喜劇的なものが多い.

U.フランス・オペラの構成

フランス・オペラを聴いていて分かりにくい原因の一つにオペラの構成のメリハリの欠如があります.イタリア・オペラだとレチタティーヴォとアリアがはっきりと分かれています.レチタティーヴォは話し言葉に近く,それ自体では聞かせどころのあるものではありません.それはたんに物語の進行役にすぎず,アリアでは物語は止まって,歌手がここぞとばかりに美声を聴かせ,私たちの耳と心を魅了します.ところが,フランス・オペラでは,一体どこからどこまでがレシタティフで,いつエールになったのか掴みどころがありません.イタリア・オペラではレチタティーヴォは物語を進行させるためのものにすぎず,アリアでこそ主人公の真摯な情念が吐露されるのですが,フランス・オペラでは逆に,レシタティフこそ歌詞テクストの抑揚を模倣することによって情念をうまく描き出すことが求められてきたのです.それは,音楽悲劇の創始者であるリュリが,情念の悲劇と言われるラシーヌの悲劇の朗唱によってフランス語の韻律法を研究し,それに合わせて音楽を作ったことに由来するのです.リュリは,そうすることで,もっと朗唱を目立たせようとしたのです.イタリア・オペラではアリアがしていることを,フランス・オペラではレシタティフがしているのですから,最初から最後までアリアが続いているようなものなので,ルソーは,フランス・オペラでは絶えず歌手が喉をからして叫んでいるだけだと,批判したのです.

  1. レシタティフ Récitatif (イタリア語ではレチタティーヴォ)
     レシタティフにもいくつかの種類があります.
    1. 単純レシタティフ Récitatif simple
      通奏低音だけが付けられたレシタティフのこと.リュリからグルックまでのフランス・オペラで,音楽的朗唱としてもっともよく使われました.
    2. 伴奏付きレシタティフ Récitatif accomapgné (イタリア語ではレチタティーヴォ・アコンパニャート)
        弦楽オーケストラによる伴奏をもつレシタティフのこと.
    3. 管弦楽伴奏付きレシタティフ Récitatif obligé (イタリア語ではレチタティーヴォ・オブリガート)
        登場人物が激情的な状態になって,激しく情念を爆発させたり,反対にすべてを吐露しないで,登場人物が魂のなかでの戦いに身を委ねているような劇的で危機的な状態の瞬間に使われるレシタティフです.登場人物が歌詞では表現できないような内面の動揺,激情をオーケストラがたくみに表現するのにもっとも適したレシタティフでしょう.
    4. 拍子付きレシタティフ Récitatif mesuré
        フランス・オペラの分かりにくいものの一つがこれです.通常,オペラの歌詞は韻文でできています.韻文である以上,なんらかの韻律,リズムがあるはずで,レシタティフは歌詞がもつ韻律をできるだけ尊重しなければなりません.ところがこの拍子付きレシタティフはそうした韻文の韻律とは違う拍子をもっているレシタティフという意味で,もはやレシタティフではないように思えるレシタティフなのです.どちらかと言えばエール(アリア)に近い.そこでルソーも『音楽辞典』の中で「矛盾している」と言っています.単純レシタティフのなかで,突然,このレシタティフに変わるのですが,明確なリズム,描写的な旋律などの特徴から見て,本来の意味でのエールに近いといえます.でも名称上はレシタティフなのです.
  2. エール Air (イタリア語のアリア)
      じつはエールにもいくつかの種類があるのです.
    1. モノローグ Monologue
        登場人物が舞台にひとりでいるときに歌われるエールのこと.ところがエールであるはずのこのモノローグがくせ者で,イタリア・オペラのアリアをイメージしていると,とんでもないことになります.むしろレシタティフに近いと考えたほうがいいくらい,旋律に明確なモチーフもリズムもないので,まったく聞かせどころなど期待してはいけません.
    2. ディアローグ Dialogue
    3. アリエット Ariette
      アリエットという語は<小さなアリア>を意味するように見えますが,フランスではイタリア様式で書かれ,規模が大きくて,トップの歌手の超絶技巧を目立たせることだけを目的としたエールのことで,イタリア・オペラでいうところのアリアと同じものを意味しています.
  3. 合唱
       17世紀の初めにイタリアでオペラができあがった頃には,合唱はオペラのドラマトゥルギーに重要な位置づけをもっていました.あるときには黒子として,あるときには民衆の声として,オペラの進行にしっかりと組み込まれていたのです.ところが,徐々にレチタティーヴォとアリアの区別が明確になり,アリアの比重が大きくなると,財政上の問題や,物語の進行上の問題などから,合唱は排除されるようになり,イタリアでは18世紀の初めにほとんどなくなってしまいました.
      ところが,反対にフランスでは,17世紀の後半にリュリによって音楽悲劇が確立されたときに,初期のイタリア・オペラの合唱の使い方が持ち込まれ,合唱がドラマトゥルギーの観点からも,また作曲家の腕の見せ所という点からも,重視されてきました.
      しかし,合唱をもっとも巧みにオペラのドラマトゥルギーの中に位置づけ,重要な働きをさせたのは,グルックだと思います.まさにあるときには物語の解説者として,あるときには民衆の声として,合唱を使ったそのやり方は,バッハの『マタイ受難曲』に匹敵するものがあります.
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