『アルミード』

Armide

台本/キノー
音楽/グルック
ジャンル/英雄劇
初演/1777年

解説

グルックは,リュリが作曲したのと同じキノーの詩に音楽を付けている.したがってあらすじはキノー/リュリの『アルミード』と同じ(ただしプロローグはない).→キノー/リュリ作『アルミード』

グルックがリュリの『アルミード』と同じ詩に音楽を付けた経緯
  1752年8月1日にオペラ座でペルゴレージのインテルメッツォ(幕間劇)『奥様女中』が上演されると,パリ中がイタリア音楽派とフランス音楽派の二手に分かれて,大論争がおこった.これがブッフォン論争である.この論争には前哨戦があった.実は,同じ1752年4月に『オンファル』というフランス・オペラをめぐってグリムがフランス音楽を批判する『「オンファル」に関する手紙』を書いている.これは大した論争にはならなかったが,この手紙のなかで,グリムはフランス・オペラを表現力に乏しいと批判しながら,ラモーだけは例外的に称賛している.したがって,ブッフォン論争が始まったときにも,しばらくはリュリなどの伝統的なフランス・オペラが批判の対象になることはあっても,けっしてラモーが批判されることはなかった.
  ところが,ブッフォン論争が始まって一年が経過した1753年11月にルソーの『フランス音楽に関する手紙』が出版される.ルソーはこの中で,フランス語の非音楽性の解明から始めて,それがフランス音楽の表現力の欠如を引き起こし,旋律が犠牲にされて和声だけが重視される音楽になっているとして,そうした和声理論を主導したラモーを批判し,『アルミード』の有名なモノローグを取り上げて,リュリを批判するとともに,かつてそれをもっとも優れた音楽だと称賛したことのあるラモーを暗に批判したのである.
  ルソーはこの中で,キノーの書いたアルミードのモノローグの詩行を一つづつ取り上げて,リュリの付けた音楽がいかにアルミードの内面を表現し得ていないかを細かく指摘した.それを見たラモーは,『音楽にたいする私たちの本能に関する考察』(1754年)の中でこれに反論した.詳細は,別のところで見てもらうとして,両者の主張の違いを簡単にまとめてみると,ルソーの批判の中心は,憎むべき敵であるルノーを魔術によってやっととらえたアルミードが,これからルノーを毒針で刺し殺そうというときになって,ルソーを愛していることに気づき,この相反する気持ちのために激しい動揺をきたしているのに,リュリがそうしたアルミードの内面的動揺を表現し得ていないというものである.他方,ラモーは,実はリュリは目まぐるしい転調によって,それを表現しているのに,ルソーがそれをまったく読みとっていないだけのことであって,リュリは優れた音楽を付けていると反論する.
  ルソーの『フランス音楽に関する手紙』によってルソーの音楽思想に傾倒したグルックは,この論争におけるルソーの主張の正しさを実作によって証明すべく,キノーの詩に自ら音楽を付けることにしたのである.

ディスコグラフィ

ARCHIV 459 616-2
オーケストラ/Les Musiciens du Louvre
合唱/Choeur des Musiciens du Louvre
指揮/マルク・ミンコウスキ
アルミード/ミレイユ・ドゥランシュ
ルノー/シャルル・ウォルクマン
イドラオ/ローラン・ナウリ
憎悪の神/エヴァ・ポードル

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