ルソーの音楽論(2)

−音楽模倣論−

1.はじめに
ルソーが本格的に音楽に関する美学を論ずることになるのは、『百科全書』に音楽関係 の項目を執筆したことが大きな契機となった。『百科全書』派といわれるディドロやダラ ンベールたちが音楽について論ずるさいに、常に参照したのは古典主義的美学であった。 そして音楽の分野では、とくに彼らが参照したのは、『自然の諸原理に還元された和声論 』という表題をもつ論文によ って近代和声学を確立したといわれるラモーであった。
ディディエは、啓蒙のフィロゾーフ達が政治や宗教の分野ではあれほど大胆であったに もかかわらず、芸術を論ずるさいにはこれほど古典主義的美学を参照し、これの諸規範を 揺るがすことがなかったと指摘しつつも、それはそれだけ古典主義的美学が豊かであった ことを示しているのだと述べている。しかしそのような屈折した回路を経過することによ って、はじめて自然概念は拡大し、模倣概念も分裂を引き起こし、18世紀後半における シャバノンの「音楽は模倣しない」という転回点にまで進むことが可能になったこと、 それにたいして、ルソーも『百科全書』派のひとりとして、古典主義的美学から出発し、 常にそれを参照しつづけたが、「旋律への情熱とラモーへの憎悪が、彼を模倣理論にしば りつけている」(註1)とディディエは指摘する。はたしてそうなのだろうか。カンツレールは 、「ルソーの音楽美学思想は、実をいうと、別個のものとしては存在しない。それは、彼 の哲学の一部分、一要素であり、法理論や感動についての理論、言語理論や人間観、世界 観と関連している」と考えて、ルソーの思想全体をつらぬく原理的段階としての「仮説と しての透明、堕落と間接化、止揚と純化」(註2)という三段階によってルソーの音楽論の解説 を試みている。
ルソーがはじめて音楽的模倣についてふれたのは、『百科全書序論』を送ってくれたダ ランベールへの返礼のなかにおいてであった。
私はといえば、音楽的模倣についてのあなたの考えは非常に正当で、非常に新しい と思います。結局、そしてごくわずかなことを除いて、音楽家の技術は対象を直接的 に描くことにではなく、対象の前に出たときに魂が置かれる状態と同じ状態に魂を置 くことにあるのです。(註3)
「対象を直接的に描くこと」とはなにを意味するのか。また「対象の前に出たときに魂が 置かれる状態と同じ状態に魂を置く」ことはどのようにして可能なのか。これ以降ルソー は、まさにこのような問題意識をもって、一度ならず考察を深め、ルソーが彼独自の音楽 模倣論を構築することになるだろう。そのような時期は、ルソーが『学問芸術論』(17 50年)によって思想界にデビューし、さらに『人間不平等起源論』(1753年)によ って思想的基盤を確立していく時期でもあった。そのようなルソーの思想的な深化の過程 が音楽思想のなかにも反映していると考えたいのである。『学問芸術論』から『人間不平 等起源論』への過程は、『百科全書』派の人たちとのずれを生みだす過程でもあった。そ のような視点から、ここでは、ルソーの音楽模倣論の特異性について検討してみたいと思 う。

2.ルソーの音楽模倣論
ルソーは『音楽辞典』の≪音楽≫の項目のなかで、ギリシャにおける音楽の分類を紹介 したあとで、近代においては、音楽は自然的音楽と模倣的音楽に分類されると解説してい る。ルソーの説明によると、自然的音楽とは、和声的音楽のことである。それは、音の物 理的効果しかもたず、精神的な印象をもたらすことのない音楽のことである。それにたい して、模倣的音楽は「生き生きとして、アクセントに富み、語るような抑揚によって、あ らゆる情緒を表現し、あらゆる情景を描き、どんな対象でも示し、自然全体をその熟達し た模倣に従属させ、こうして人の心にまでそれを感動させるのにふさわしい感情をもたら す」(註4)音楽である。ここでルソーは、人間の心を深く感動させることを「精神的効果」と 呼び、和声的音楽がもつような、たんに耳を楽しませるだけのものでしかない物理的効果 と対比している。
諸般の事情から(註5)、ルソーが『音楽辞典』を執筆しはじめたのは、1755年のことで あった(註6)。それに先立って、1753年の11月頃には『人間不平等起源論』が構想され たが、それは1754年の4月にはすでに完成していた。そのなかの註が独立して、ひと つの論文となったものが、『言語起源論』(執筆時期についてはまだ確定していない)で ある。『言語起源論』は「あるいは旋律と音楽的模倣について」という副題をもつように 、音楽模倣論についてルソーが論じた著作である。この論文のなかでルソーは、音楽を模 倣芸術たらしめている精神的効果について詳細な解説を与えている。
『言語起源論』によれば、音楽が「聴覚に快いように音を組み合わせる技術」でしかな いとしたら、それは自然科学に分類され、芸術となることはない(第13章)。音楽が芸 術であるのは、音楽が人の心に触れ、心を動かす、すなわち精神的効果をもつからである 。では、音楽のなかのなにがこのような精神的な効果をひきおこすのだろうか。精神的な 効果には精神的な原因があるとルソーはいう(註7)。人の心を動かすことができるのは、人の 心の動きを模倣することができるものであり、それは旋律である。旋律は情念の抑揚を模 倣することによって、精神的な効果をもたらす。

旋律は声の抑揚を模倣することによって、嘆きや、苦しみや喜びの叫びや、脅かし や、うめきを表現する。声による情念のしるしのすべてが、旋律の領分なのである。 旋律はたんに模倣するだけではなく、みずから語る。分節されてはいないが、生き生 きとして激しく、情熱的なその言語は言葉よりも百倍も力にみちている。そこから音 楽的模倣の力は生まれてくる。(註8)
旋律が、人の心を揺さぶるような精神的な効果をもつのは、このように、旋律が情念の 抑揚を模倣するようにして形づくられることにより、その反作用として聴くものの精神に まで効果をおよぼすことが可能になるというのである。
旋律のなかの音はたんに音としてわれわれに作用をおよぼすだけでなく、私たちの 情緒や感情のしるしとしても作用を及ぼす。こうして音はそこに表現されている心の 動きを私たちのなかにひきおこす。その際に私たちは、音を心の動きのイメージとみ なすのである。(註9)
旋律のなかの音の動き(もちろん、それは音程やリズムや拍子によって形成されるもの )は、ちょうど心の動きをなぞっている、というわけである。それゆえに、そのような旋 律を聴くとき、それを聴くもののなかに同じ心の動きが起こり、それが感動につながると いうのが、ルソーの考えである。
旋律にたいして、和声の美しさは「純粋に身体的な感覚印象」(註10)にすぎない。したがっ て、和声という方法で、いくら音を物理学的に分析してみてもけっして音楽のもつ魅力の 秘密は解きあかすことはできない。ただ、和声体系は、音の関係の規則であるので、旋律 を支えたり、音の動きのもつ曖昧さを補強することによって、旋律のもつ精神的効果に与 することができる。
和声はある種の体系のなかでは旋律に協力することができる。たとえば、転調の法則 によって音のつながりをつけたり、音程を正確にしたり、音程が正確だという確信を 耳に与えたり、微妙な抑揚を連続した協和音程に結びつけて、確定する。しかしこの ようにして、旋律に足かせをはめてしまうことによって、和声は旋律から力強さと表 現力をうばってしまう。和声は情熱的な抑揚を消し去って、かわりに和声的音程に置 き換え、雄弁の調子とおなじだけあるはずの歌を、ただ長調か短調のどちらかに従え させ、和声体系のなかにおさまりきらない多様な音や音程を消し去り、破壊する。一 言でいえば、和声は旋律と言葉を分離するので、この二つの表現は競いあい、妨げあ い、互いにどちらからも真実らしさを奪ってしまう。(註11)
ルソーの音楽模倣論をについて考えるうえで、もう一つ明らかにしてしておかなければ ならない点は、自然現象を音楽によって模倣するということを、ルソーがどのように説明 しているかということである。ルソーが自然現象の音楽による模倣について触れている箇 所を、以下に挙げる。
根源的な語の大部分は、情念の抑揚を模倣した音、あるいは感知される事物の印象 を模倣した音であるだろう。(註12)(ただし、イタリック体は引用者による)
そして音楽家の技術は、事物の死んだようなイメージのかわりに、その事物の前に 立ったときに、それが見るもののなかに引き起こす心の動きのイメージを用いること にある。(註13)
音楽が人の心に働きかけるものである以上、自然現象の模倣も、けっして感性的な主観 としての人間の心を媒介としないような方法ではない。それは、自然現象や事物を直接的 に模倣するような方法でもなければ、古典主義美学が主張したような理性的分析の結果に もとづいた模倣でもない(ラモーやバトゥーを代表とする古典主義美学の模倣論とルソー の模倣論との比較については後の章で論ずる)。いったん見るもの、聴くものの心のなか にそれらが引き起こした感情や印象という精神的刻印を、音楽は模倣するのである。した がって音楽(旋律)が模倣するのは、感情や情念といった心の動きのイメージであり、そ れ以外のものではない。

3.音楽模倣論と音楽の純粋状態
音楽に人を感動させる、魂を揺さぶるような精神的な効果を生じさせることによって、 音楽を模倣芸術にしているものが、旋律であることを、和声のもつ純粋に感覚的な力との 対比において説明したあとで、『言語起源論』は、「音楽はいかにして堕落したか」(第 19章)という章において、音楽の変容について時代の推移をたどって説明している。
ルソーによれば、もともと音楽は言語と一体のものであったが、「哲学の研究と理性の 進歩とが、文法を完成させ、はじめのうちは言語を歌うようなものにしていたあの生き生 きとした情熱的な調子を言語から奪ってしまった」(註14)。たとえば、ギリシャにおけるよう に、音楽は言語と表裏一体の関係にあり、言語そのものが音楽的なリズムや響きをもって おり、音楽もそれと表裏の関係として言語の抑揚を模倣したものであったがゆえに、「不 思議な力」をもっていた。しかし、その後、言語のほうは分節化されることによって明確 になったかわりに、理性にしか作用をおよぼさなくなった。また音楽のほうも、旋律が言 語と分離することによって、情念の抑揚でなくなり、ギリシャの時代に音楽がもっていた 「あの不思議な力」(第19章)はなくなった、というのである。ルソーは、ギリシャの 後期やローマの時代には音楽もまだ当初の力をもっていたが、「野蛮人の侵入」によって 、事態は大変化をこうむることになったとして、次のような説明を与えている。

器官の硬さのために彼らの歌〔ゴール人の歌のこと・・・引用者〕は、騒々しかっ た。そのために、この新参の民族と、彼らに征服されてその真似をした民族は、人々 に聞かせるために音を長くひきのばさなければならなかった。困難な調音と力の入り すぎた音とがおなじように旋律から拍子とリズムの感覚をすべて追い出してしまった 。(・・・)まもなく歌は、優しさもリズムも優雅さもない、叫ぶような引きずった ような音が、ゆっくりと退屈に続くものでしかなかった。(・・・)こうして旋律を 奪われ、ただ音の力と持続だけで成り立っている歌は、ついにはそれをもっと響きの いいものにする手段として、協和音の助けを借りることを思いついたにちがいない。 いくつかの声が際限なく音をユニゾンのままでのばしているうちに、偶然にいくつか の和音が見つかった。そして和音は音を強めて、彼らにそれを快いと思わせたのであ る。こうして、ディスカントゥスや対位法が用いられはじめた。(註15)
旋律が忘れられ、音楽家の注意が完全に和声のほうに向けられてしまったので、す べてのことが徐々にこの新しい対象のうえで進められるようになった。音階組織も旋 法も音階も、すべてが新しいものになった。各パートの進行を調整するのは和声の連 続性ということになった。和声の進行が旋律という名前を横取りしてしまったあとで は、この新しい旋律のなかに、それを生み出した親の特徴を認めないわけにはいかな くなった。(註16)
ここでのルソーの音楽史の講義があまりにも荒っぽいことはいまさら言うまでもないこ とだが、われわれが注目したいのは、『言語起源論』のもつ論理構造である。それは、言 語の起源においては、歌=言葉であるような純粋状態があり、それがしだいに言語と音楽 に分離し、それぞれ完成されてくるとともに、原初の純粋状態から逸脱して、堕落した状 態になるという論理である。それは、ちょうど、『人間不平等起源論』において、人間が 自立した関係にある自然=純粋状態から、生産と消費のアンバランス、および不平等の発 生という、人間の進歩=腐敗と堕落の歴史を記述するという論理構造をもっていたのと、 おなじである。『人間不平等起源論』のこのような構造を見る場合に注意しなければなら ない点は、以前に指摘したことがあるように(註17)、ルソーの歴史観の『学問芸術論』からの 深化である。ルソーは『学問芸術論』においては現代にたいして古代(ギリシャ)と未開 (社会成立以前の人間)とを同列に置いていたが、その後のルソーにたいする批判との論 争のなかで、考察を深めた結果、『人間不平等起源論』においては古代と未開を別の状態 としてとらえ、さらに未開における自然状態にもその純粋な状態と、それから逸脱した腐 敗した状態を新たにとらえるにいたったのである。『人間不平等起源論』の原註から独立 して拡大されたこの『言語起源論』に、そのようなルソーの思想の発展のあとが刻印され ているのは、ある意味では当然のことであろう。それは、原初の言葉=歌を音楽の起源と 考えることによって、それが音楽と言語とに独立して、それぞれ分化していく過程じたい を第一の堕落と見なしつつも、まだ音楽が言語と一体であり、情念をそのまま模倣してい る段階(たとえばギリシャ音楽)を音楽の純粋状態と考え、ついで音楽が和声化し、器楽 化し、理性化することによって完成してきた過程を音楽の第二の堕落の歴史としてとらえ る見方である(註18)
言語と音楽が一体であるような状態とはなにか。ルソーは次のようにいう。
同じ言葉にいくつもの曲をつけることのできる言語には、確定した音楽的抑揚がな い。もし抑揚がきまっていたら、曲もまたきまることになるだろう。歌を勝手気まま につくれるものであれ、その途端に抑揚はどうでもいいことになるだろう。(註19)
つまり音楽的な言語であれば、歌詞がきまれば必然的に旋律も確定してしまうというのが 、ルソーの考えである。ルソーはイタリア語もフランス語もこのような意味での音楽的な 言語(une langue musicale )ではないといい、音楽に適しているかそうでないかの違い にすぎないと述べている。(ではなぜルソーが『フランス音楽に関する手紙』においてイ タリア語をあれほど褒めたたえたのかという点については、のちに見ることにする。)そ のような音楽=言語のような関係は、どこまでさかのぼることができるのだろうか。
『言語起源論』のなかで、ルソーは音楽の起源を次のように記述している。人間には、 もともと思考や観念を伝達するための固有の能力があり、それが発現するにあたって、人 間は五つの感覚器官のうち、視覚と聴覚を伝達のために利用した。耳よりも眼のほうがた くさんの事物を一度にとらえることができるし、音よりも形のほうがはるかに多様なので 、情報や思考を伝達するためだけなら、視覚にもとづく身振り言語だけでじゅうぶんだっ たはずである。ところが、情念や精神的な欲求は人に声を発させる。
生きる糧を探す必要のために、互いに離れていく人々をあらゆる情念が近づける。 彼らに最初の声を出させたのは、飢えでも喉の渇きでもなく、愛や憎悪や憐れみや怒 りである。(・・・)けれども若い心を動かしたり、攻撃してくるものを撃退するた めに、自然は抑揚や叫びや嘆きの声を発させる。それこそが、もっとも最初につくり だされた言葉であり、またそれゆえに最初の言語は、単純で整然としたものであるま えに、歌うような、情熱的なものだったのである。(註20)
ルソーによれば、もともと生活の糧を得るためだけなら分散していなければならない人 間たちを、情念や精神的欲求が近づけ、そうして生ずる様々な人間関係によってさらに生 まれる情念や精神的欲求が、自然と様々な抑揚や声の響きや階調をともなった声を出させ たのである。ルソーはこれを原初の言語と呼んでいる。これが今日の言語と全く異なる点 は、音節をもたないことである。というのは音節に分けて発音するためには、「注意力と 訓練」が必要なのである。人間の口蓋は最初からそのようにできていたわけではないから だ、とルソーは言う(第4章)。音節に分けられていない結果、そのぶん「声の音そのも のは無限であり、音を際立たせる抑揚のつけ方もいくらでもふやせる」(註21)ので、そのよ うな言語の表現力はけっして劣るわけではない。そしてこのような音の抑揚こそ、今日の 音楽でいう旋律の原型なのである。したがって、原初の言語を使うことは、今日の印象か ら言えば、話しているというよりも、歌っているように聞こえるだろう(註22)
原初の状態において言葉=歌であったが、声が分節化されることによって、言葉は言語 として分離し、歌のほうも言葉と離れて、楽器で演奏されるようになってはじめて、音楽 として独立することになったのである。原初の言葉=歌を『人間不平等起源論』における 未開とするなら、音楽として分離・独立した状態は、古代であろう。ルソーはギリシャ音 楽を、音楽模倣論の視点からも高く評価している。なぜなら、ギリシャ音楽では、言語の 韻律法と旋律とが一致しており、歌=言葉という原初の純粋な状態をもっともよくとどめ ていたからである。ルソーの音楽起源論を、音楽模倣論との関係でみる際に、重要なこと は、ルソーが旋律をというものを、情念の抑揚を模倣した言葉=歌から分離してきたもの である以上、情念の抑揚の模倣であるときに、もっとも純粋の状態にあるのであり、聴く ものの心を揺り動かし、精神的な効果を最大限に発揮することができると、みなしていた ということである。情念の抑揚を忠実に模倣することが、音楽の本来のあるべき姿であり 、そのときに音楽としてもっとも大きな効果を発揮することができる。これこそが、ルソ ーの考える音楽=旋律の純粋状態だと言えるだろう。こうしてルソーは、彼の音楽模倣論 の根拠を、音楽の起源そのものに置くことができたのである。

4.音楽模倣論と古典主義美学
当時、もっとも影響力を持っていた模倣論は、バトゥーの模倣論であった。1747年 に出版されたバトゥーの『同一の原理に還元された諸芸術』(邦訳『芸術論』(註23) 以下これを用いる)は、芸術の本義は単なる自然の模倣ではなく、自然の奥に隠された真 実、つまり美しい自然を模倣することによって人々に喜びをあたえるものだという、古典 主義的美学にもとづいている。

人間こそが「芸術」を生み出したのである。まさに自分自身のために、彼らはそれ を生み出したのである。きわめて素朴な「自然」が提供してくれたものを、余りにも 単調に享受することにうんざりし、その上喜びを受け入れるのに適した状況にいるこ とから彼らは、自分の天分を用いて思惟と感情の新しい領野を獲得しようとした。( ・・・)その努力のすべては、「自然」の最も美しい部分を選びだし、それによって 、一つにまとまった優れた作品を形成することに帰着するしかなかった。(・・・) かくて私は次のように結論づけた。第一に、「芸術」の父である「天才」は「自然」 を模倣しなければならない。第二に、彼は「自然」をごくありふれたままに、即ちそ れが日々われわれの目に映るがままに模倣すべきでは決してない。、第三に、「趣味 」こそが芸術作品の起源であり、またそれの審判者でもあるのだが、それは、「芸術 」が「自然」を正しく選びだし、正しく模倣している時、満足しなければならない。(註24)
バトゥーは、芸術とは新しい対象を創造するものではなく、すでに存在している対象を あるがままに認めて、模倣することだと断言する。バトゥーの考えでは、自然には次の四 つの世界が含まれる。実在する世界、歴史的世界、神話の世界、そして理念的あるいは可 能的世界である。バトゥーが、芸術とは何かの結論として、「芸術が自然の模倣者である としても、それは自然の盲目的な模写ではなく、賢明で、見識ある模倣でなければならな い。しかもまたこの模倣は対象や特徴をえらび出し、それらを無理がないように全く完璧 に提示すべきである。一言でいえばそれは、自然がそこに見いだされるような模倣である が、その自然は、それ自身あるがままの自然ではなく、ありうる自然、精神によって想い 描かれた自然である」(註25)と述べるとき、彼が芸術の対象として考えている自然とは、そ れ自体では美しくもなければ、完全でもない、実在する自然ではなく、そのような実在す る自然をもとにして、芸術家が抽出してきた、自然の真実、自然の摂理、すなわち「美し い自然」のことである。そして芸術家はそのような自然の真実の抽出を理性によっておこ なうのではなく、趣味によっておこなう。バトゥーの考えでは、趣味とは「自然の事象を われわれの快感や欲求との関係で判断するため」(註26)に自然によってわれわれに与えられ たものであり、「感覚による規則の認識」(註27)のための手段である。そして美しい自然だ けがわれわれに喜びを与えるのだから、趣味に導かれて自然に対するときにだけ、われわ れは美しい自然に達することができる。
さらに、バトゥーはこのような原理をそれぞれの芸術分野に敷衍して、各論を展開して いく。
このように「絵画」は色彩を用いて素晴らしい「自然」を模倣し、「彫刻」は浮彫 りによって、「舞踏」は体の動きと姿態によってそれを行なう。「音楽」は分節化さ れない音によって模倣し、最後に「詩」は計算された言葉によってそれを行なう。(註28)
ここでは音楽についてだけ見ておく。バトゥーは、言葉は観念や思考を伝達する手段で あり、理性の道具であるのに対して、話振り(声の調子)と身振りは素朴な自然の「辞書 」のようなものであり、感情や情念を伝達して、「回り道することなく直接心に達する」(註29)。そこから彼は、詩が行動(行為)を模倣するのにたいして、音楽と舞踏は行為に伴 う感情や情念を模倣するのだと説明する。つまり音楽とは、言葉に活気を与えるための情 念や感情の模倣であり、それを反映する「声の調子」や「話振り」の模倣である。そこで バトゥーは、詩と音楽の結合した音楽劇の題材としてもっとも適した題材として、神話を あげている。
一方では行動する「神々」が、他方では表現された情感がみられるであろう。(・ ・・) かくしてこれら二つの部分を、「芸術」の一作品において結合するには、まず登場 人物を選ばねばならないであろう。即ち神々か半神か、そうでないまでも少なくとも 、「神々」との何らかの利害関係を登場人物にもたらすような何か超自然的ところの ある人々である。次いでこれらの登場人物は、そこにおいて生き生きとした情感が味 わえるようなそうした状況の中に置かれる。これらが抒情演劇の基礎である。(註30)
芸術とは実在する自然のなかに隠されている真実の姿を抽出して模倣することにほかな らないというバトゥーの模倣論から考えて、バトゥーが「音楽と舞踏の主たる目標は、感 情や情熱の模倣である」(註31)というときの「感情や情熱」とは、人間の理念化された感情や情念のことである。バトゥーの模倣論や古典主義美学の根底にあるのは、言うまでもなくデカルト以来のフランス哲学の伝統としての自然概念である。そこでは自然はあるがままの姿ではけっして美しくもなければ、完全でもなく、理性の手をくわえることによって、真理としての姿が抽出されなければならないというものであったように、情念も理性によって統制されるべきものであると考えられていた。
ところで、いま一度ルソーの音楽模倣論にたちもどろう。音楽は情念や感情などの心の 動きを模倣すべきものだ考える点では、ルソーの模倣論もバトゥーを代表とする古典主義 美学の模倣論の亜流のひとつにすぎないように見える。しかし、模倣の対象である感情や 情念が、バトゥーの模倣論においては、理念化されたそれであったのにたいして、ルソー の模倣論では秩序化される以前の情念や感情なのである。もとになっている自然概念が両 者においてまったく違っていることに注目しなければならないだろう。
バトゥーをはじめとする古典主義美学の自然が、理性的分析( ただしバトゥーの場合は 、「感覚による規則の認識」としての趣味) という間接的手段によらなければ到達しえな いような真理であると考えられていたのにたいして、ルソーの自然は、媒介性、間接性を 排除した直接性の世界である。そこでは人が事物からうけた印象がそのまま事物の真の姿 を表象している。自然はだれにでも解読可能な唯一の「書物」である(註32)。ちょうど、古 典主義美学の一例であるフランス式庭園(幾何学的に区画された遊歩道、幾何学的配列で 植林された林、幾何学的に成形された木)にたいする、ジュリがつくったエリゼの庭(野 生の自然のなかにいると思わせるような庭)の造園方法がしめす自然であり、古典主義美 学にもとづいた料理法(自然の産物の真の味わいを知りたければ、ローストしたり、塩漬 けにしたり、焼いたり、燻製にしたり、発酵させたり、要するにそれに手をくわえ、加工 しなければならない)(註33)にたいする、ヴォルマール家におけるジュリの料理法( 上質の 素材を簡単に調理することによって味覚を満足させる)(註34) がしめす自然である。したが ってルソーの自然は、媒介されることが少なければ少ないほど、その真の姿を見せるので ある。人間の内面の心情の現れである原初の言葉=歌は、分節化をまだ受けていないこと で、心の動きの直接的な表現であり、それゆえに聴くものの内面にもおなじ情念や感情を 引き起こすことができる。原初の言葉=歌から歌が旋律となって分化・独立し、音楽とな ったときにも、旋律が模倣することができ、またすべきなのは、この内面の心の動きなの である。それは理性によって理念化される以前の情念であり、古典主義美学における理念 化された情念とはまったく異なると言わなければならない。
さらに、この観点からは、音楽は音楽家の外に実在する事物(嵐、鳥のさえずりなど) はもちろんのこと、休息といった絵画では描けないような事象も模倣することができると いうルソーの主張についても、検討が必要である。このような主張は、一見すると、ラモ ーの音楽を思わせるが、すでに指摘したように、ルソーにおける自然の事物の模倣は、そ うした自然の事物あるいは休息といった状態が音楽家の心情におよぼす「印象」、「心の 動き」、「心的なしるし」が模倣の対象になるのだという点で、ラモーの音楽における自 然描写ともまったく異なっている。
デカルトの『方法序説』に導かれて、音楽における諸原理を発見するにいたったと公言 するラモーの方法(註35)は、完全に古典主義美学のそれである。ラモーにとって、「音楽と は確実な諸規則をもつべき学問である。これらの規則はある明白な原理から引き出される はずであり、その原理は数学の助けをかりることなしには認識しえないものである」(註36) 。ラモーによれば、音楽が人間の魂に引き起こす感情的な効果を説明する場合にも、旋法 、音程、音階といった音に関する客観的な原理から出発しなければならない。また自然を 模倣する際にも、重要なことは、まず対象となっている自然の事象の客観的で物理学的な 特徴を把握し、そののちにはじめてそれに音響的な組み合わせをあてはめることができる 。カンツレールはラモーの方法を次のように説明している。
ラモーはこのような段階論を作曲に断固として適用することになる。(・・・)小 節をひとつ書く前に、音楽家は音の本質や音の和声的本性について考えねばならない し、けっして根音バスを見失ってはならない(・・・)。たとえば、鳥のさえずりの 模倣は、現実に発せられた音を記譜したり、それを再生することにあるのではない。 それはなによりも、その音を分析しそれらが何からできているかを知ることにある。 したがって、現実の鳥よりもラモーのオペラのなかの鳥のほうが上手にさえずる。そ れは、鳥のさえずりが芸術の魅力によって、その真実において模倣されているからで ある。たしかに、芸術は自然を模倣しなければならないが、要は≪美しい自然≫、つ まり深い真理においてとらえられた自然なのだということを明確にしておかなければ ならない。(註37)
ラモーの模倣論は自然のなかに存在する音的秩序の抽出にもとづいて、たとえば鳥のさ えずりが内包する音程関係を理性的に分析し、それに一致する和音をあてはめていくとい う方法を取る。また情念の模倣についても、ラモーは物理的要素と感情の要素とのあいだ には規則的な類似があると考えており、様々な音響的組み合わせがおよぼす心理的効果に ついて分析する。その結果それぞれの調性が固有の性格表現のために用いられることにな る(註38)。それゆえにラモーの方法は、音楽のもつ精神的な働きをすべて物理的な作用に還 元してしまう方法なのである。ルソーはこのような方法を『言語起源論』で批判したのだ った。それにたいしてルソーの模倣論は、自然現象のなかに存在する客観的な音的秩序の 模倣ではなく、客観的な自然現象が人間のなかに引き起こす心の動き、印象という感性的 な主観にいったん転換されたものの模倣である。なぜなら、音楽の起源について明らかに したように、音楽が模倣できるのは精神的な抑揚だけだからである。ルソーにおいては、 つねに模倣の対象が心的なものであるという点で、一貫している。聴くものに情念の動き をイメージさせるか、あるいは自然の事象をイメージさせるかの違いはあっても、旋律の かたちはつねに心の動きなのだという認識にもとづいている。それはもともと原初の言葉 =歌において、歌が情念の現れそのものであったという、ルソーの言語起源論に根ざして いるからである。
以上見てきたように、古典主義的美学にもとづくバトゥーやラモーの模倣論とルソーの 音楽模倣論は、両者とも自然の模倣といっているかぎりにおいては非常に似かよっている ように見えるけれども、その実質は相当に異なっており(註39)、当時まだ古典主義的美学に もとづいた模倣論が支配的だったことを考えると, ルソーの音楽模倣論はまったく特異で あると言わなければならない。しかしその特異性はけっして時代の流れから逸脱したもの ではなく、カンツレールも言うように(註40)、その後二世紀にわたって音楽が占めることに なる内面性の芸術という音楽観、とりわけロマン派のそれを先取りしているがゆえの特異 性であると言えるだろう。

5.音楽模倣論と近代音楽批判
『言語起源論』のルソーは原初においては情念=言葉=歌であったこと、そしてそこか ら分化した音楽においては、情念のしるし=言語の韻律法=旋律であったこと、したがっ てこれこそが音楽の本来のあるべき姿、純粋状態であることを明らかにした。また、言語 は文法体系を整えていくことによって、この純粋状態から堕落し、音楽も和声体系を確立 することによって純粋状態から堕落したと、ルソーは考えた。この点が明らかになれば、 『フランス音楽に関する手紙』などに見られるルソーの近代音楽批判にも新たな視点から の読みかえが可能になるだろう。それはカンツレールも言ったように(註41)、『言語起源論 』の視点から『フランス音楽に関する手紙』を読むということなのである。
ルソーがフランス音楽とイタリア音楽とを対比させながら論じたのは、『フランス音楽 に関する手紙』がはじめてのことではなかった。というのは1744年ないしは1755 年に『グリム氏に宛ててフランスとイタリアの音楽劇を論ず』を書いているからである。 この書簡は、ルソーが大使の秘書として約一年間を過ごしたヴェネチアからパリに帰って きて後に書きはじめられたが、ラモーに冷たいあしらいを受けたことから彼に敵愾心を抱 くようになったために中断されたものである。Lettre a M. Grimm, sur le drame musica l en France et en Italieというのは、はじめてJansenが資料として公表したときに、勝 手につけた表題であり、Baud-boby の研究によって(註42)、相手はグリムではなく、おそら くルソーがリヨンで知り合ったド・マブリ師であっただろうと考えられている。ド・マブ リ師は1741年、つまりルソーと知り合う前年に、匿名ではあったが、『オペラに関す るP侯爵夫人への手紙』を出版しており、当時すでに『新世界発見』や『イフィスとアナ クサレート』(ともに1739年または1741年の作と思われる)を書いていたルソー とのあいだに、オペラについて議論がはずんだであろうことは想像にかたくない。したが ってこの書簡は、ルソーがイタリアで体験してきたイタリア音楽について報告をするとい うような目的で、書きはじめられたのだと考えるのが、もっとも妥当だろう。
『グリム氏に宛ててフランスとイタリアの音楽劇を論ず』(以下『音楽劇に関する手紙 』と略記)と『フランス音楽に関する手紙』とを読みくらべて、まず感じることは、フラ ンス音楽とイタリア音楽にたいするルソーの評価が一八〇度逆転していることである。以 下にそれを表にしてみよう。

『音楽劇に関する手紙』『フランス音楽に関する手紙』
フランス音楽 フランス音楽は感動させる(註43)
フランス音楽のうっとりさせるような音は、直接心に達する[p.310]
フランス音楽は絶対にフランス語の表現と特性に合致している[p.310]
イタリア・オペラを一緒にしたよりも、『優雅なインドの国々』一曲のほうにたくさんの和声がある[p.312]
キノーの歌詞はオペラのためにT作られている。それは魔法の世界を描くということである[p.306]
フランス語のモノローグは心を感動させようとして、耳を苦しめるだけである(註44)
どの国の音楽も言語の韻律法を反映しているという意味で、フランス音楽もフランス語に一致しているが、フランス語ほど音楽に適さない言語はない[pp.252-253]
フランス音楽には旋律がない[p.306]
和音で満たされており、騒々しいばかりで、表現力はとぼしい[pp.283-284]
朗唱はわめき声[p.293]
表現力に乏しいので、フルドン、カダンス、ポール・ド・ヴォワが多用される[p.250]
イタリア音楽 耳の喜びは与えるが、感動させることはない[p.310]
低音は厚く、歌もなく、耳を楽しませるよりは、拍子をとるためのもの[p.312]
読むにはいいが、歌われるためのものではない歌詞[p.305]
史実を題材にしているので、オペラにすると滑稽になる[p.304]
主要声部の旋律が美しい[p.312]
イタリア音楽はどの言語にでも合う[p.309]
聴くものを恍惚にする[p.269]
魂を奪い、このうえなく心を打つ[p.287]
和声は旋律の表現力を高めるために、必要最小限のものにおえられており、そのぶん低音は厚い[p.281]
音楽に適したイタリア語[p.257]
イタリア語の旋律は優美であるだけでなく、魂を引き裂いたり、恍惚とさせるが、それは旋律の統一性による[p.284]

たしかに評価は正反対に逆転しているが、その逆転の仕方にはいくつかある。まず、二 つの音楽が客観的にどんな特徴をもつ音楽であると、ルソーが見ているのかという観点か らは、意外にもあまり変化がないことが分かる。たとえば、イタリア音楽では旋律の美し さが唯一の長所であるが、低音が厚く、しかも歌がないということが、『音楽劇に関する 手紙』のなかでは欠点としてあげられている。しかし『フランス音楽に関する手紙』は、 その特徴をイタリア音楽にそのまま認めて、それが旋律の統一性という規則にかなってい るのだと、逆に評価することになる。おなじく、フランス音楽に関しては、前者では和声 が多いとして評価しているが、後者では和音が詰め込まれているということをおなじよう に事実として認め、それが表現力を弱めていると否定的評価に変わっている。さらに、音 楽と言語の関係にしても、音楽はその言語の表現や特性と一致するという点では、どちら の手紙でも変わっていないが、そうして生まれる音楽をどう評価するかということになる と、評価は逆転する。つまりそれぞれの音楽の特徴の把握については変化がなく、それの 評価の仕方に変化がある、ということである。
そして根本的に、二つの書簡において異なる点は、前者ではイタリア音楽の美しさは「 声と楽器を目立たせるために様式感をもって諸音を整え、組み合わせる」(註45)という目的 にかなっているし、フランス音楽の美しさは、「情緒を喚起し、観客を感動させること」(註46)という目的にかなっているのだ、というような並立論に立っているのにたいして、後 者では音楽のあるべき姿は何かという音楽本質論の立場からの議論になっているというこ とである。それを示すいい例は、『フランス音楽に関する手紙』では、フランスに音楽が あるのかどうかを検討するのがこの書簡の目的だと述べたあと、まずルソーが取りかかる のがフランス語の特徴を検討することなのである。音楽を問題にしているのに、なぜ言語 が関係あるのか。それは明らかに、ルソーが、音楽とは旋律であり、旋律は言語の韻律法 の反映であるという音楽本質論を前提に考えているからにほかならないことを示している 。
『音楽劇に関する手紙』から『フランス音楽に関する手紙』へのあいだに、ルソーは『 学問芸術論』を発表し、それにたいする批判に反論しつつ、自らの人間論を深めていった が、そのなかでルソーが得たものは、人間の起源=人間本来のあるべき姿、自然状態=純 粋状態という視点であった。ルソーの文明批判は、まさにこの視点からのものであった。 『フランス音楽に関する手紙』が書かれたのも、1752年から53年という、ルソーが そのような思索を深めているときである。したがって「私たちの音楽がうわべは完全なも のになるにしたがって、実際はいっそう堕落していっていると私には思われるのです 」(註47)というような新しい視点をもって近代音楽を見ている点こそ、『フランス音楽に関する 手紙』の特徴なのである。
しかし、いくら音楽の純粋状態といっても、そのような状態にある音楽をだれも知らな い。この時点では、ルソーはまだ『言語起源論』を執筆していないのだから。いくらルソ ーが自分の頭のなかにもっているイメージによってフランス音楽を批判しようとしても、 批判の基準になる音楽を読者が知らなくては、その批判はまったく説得力に欠けるといわ なければならない。そこでルソーは、イタリア音楽、とりわけペルゴレージの音楽を純粋 状態として措定し、それとの比較によってフランス音楽を批判するという方法をとること によって、それを解決した。

私が行ったばかりの過程とは反対の過程によれば、感動させ、模倣し、喜びを与え 、和声と歌のこの上なく甘美な印象をもたらすように作られた真の音楽の性質の全部 を演繹してみせることは私には簡単なことでしょう。しかし、このことは、自分たち の主題や自分たちが知っている見解から、私たちを余りにも遠ざけすぎることになり そうなので、私はイタリア音楽にたいする若干の考察を行なうだけにとどめようと思 いますが、このイタリア音楽は私たちが自分たちの音楽をよりよく判断する助けとな ってくれることでしょう。(註48)
ルソーの文明批判は、常にこういう方法で、純粋状態にあるものを虚構的につくりあげ 、それと現実との対比・比較によって対象となるものの腐敗・堕落した状態をあざやかに 浮き彫りにするという特徴をもっている。ちょうど、子どもの純粋状態としてエミールが 虚構化され、理想的な共同体としてヴォルマール家が構築されたのとおなじである(註49)。 したがって、ルソーのフランス音楽批判、すなわち和声体系を確立することによって、か えって表現力を失っていったという批判は、音楽本質論の立場からする音楽批判だったの である。

6.最後に
ところで、ルソーが音楽的模倣について論ずるさいに、たいていの場合に引き合いに出 すのが絵画における模倣のことである。以下そのいくつかを列挙してみよう。

ニュアンスに富んだ美しい色彩は目を楽しませるが、この喜びは純粋に感覚的なも のである。この色彩に生命と魂を与えるのはデッサンであり、模倣である。われわれ の情念を感動させるのは、こうして生命を与えられた色彩によって表現されている情 念であり、私たちの心を動かすのは、このような色彩によって描きだされた事物であ る。興味と感情は色彩から生じるのではない。感動的な絵の描線は、私たちを版画で も十分感動させる。絵からこうした描線を取り去ってしまえば、色彩にはもはやなに もできないだろう。(註50)
もっとも美しい和音は、もっとも美しい色彩と同様、感覚に快い印象をもたらすこ とができるが、それ以上のことはなにもしない。だが、声の調子は魂にまでいたる。 なぜならそれは情緒の自然な表現であり、情緒を描きつつ、それを刺激するからであ る。(・・・)旋律は音楽において、デッサンが絵画におけるところのものであり、 和声はそこでは色彩の効果しか生みださない。音が表現力、情熱、生命力をもつのは 、歌によってである。歌だけが、音楽の力のすべてを形づくる精神的な効果を和声に 与えるのだ。(註51)
まさに模倣のアクセントによって、まさにリズムの調子によって、音楽は情緒が人 声に与える抑揚を模倣しつつ、心の内部にまで深くは入り込み、感情によって心を感 動させるが、これに反して、和声だけでは、なにものも模倣することはなく、もっぱ ら感覚的な快を与えることができるだけである。たんなる和音は、きれいな色彩が目 を楽しませてくれるように、耳を楽しませてくれることはできる。しかし、いずれも 、ほんのわずかな感動も心にもたらすことはけっしてないだろう。なぜなら、そのい ずれもが、もしデッサンが色彩を生気づけ、またもし旋律が和音を生気づけることが なかったら、なにものも模倣することはないからである。しかし、逆に、デッサンは それ自体で、色彩なしにも、感動的な対象を描いてみせてくれることができるし、ま た模倣的旋律も同様に、和音の助けなしに、それだけで私たちを感動させてくれるこ とができる。(註52)
旋律=デッサン、和声=色彩という図式はルソーの模倣論においてよく使われる。しか し、ルソーのなかで旋律とデッサンが占める位置はまったくおなじではない。旋律の領分 は時間にあり、デッサンの領分は空間にある。時間にあるということは、運動を意味し、 逆に空間的ということは、静止を意味する。それは絵画に固有の視覚の特徴に関係してい る。視覚は「耳よりも眼のほうにたくさんの事物が訴えてくるし、音よりも形のほうがは るかに多様で」、「形はまた、より表現力に富み、短い時間でより多くのことを言い表せ る」(註53)ので、視覚を利用する身振り言語は、思考や情報を伝えるのに適していると、ル ソーは考えたのだった。
目に見えるしるしは模倣をもっと正確にするが、関心は音声のほうがより強くかき たてると結論しよう。(註54)
したがってルソーの考えでは、音楽がそうであるような、心の奥深くまで入り込んでき て心を揺り動かすような力は、絵画にはない。それゆえにルソーには、「絵画はしばしば 生気がなく死んだようである」(註55)。本論で明らかにしてきたように、ルソーにとって、 情念=声=歌が音楽を生みだす起源だった。そこには形はなんら関与していない。ルソー が音楽の本質を客観と主観との接点としての情念の表現と考えることによって、古典主義 美学の模倣論から一歩踏み出したのにたいして、絵画については、いまだ客観的な事物の 形の模倣としかとらえられなかったために、古典主義美学の枠のなかにとどまっているの は、対照的だと言えよう。

《註》
使用したテキストは、ルソーの音楽関係の著作については、J.-J. ROUSSEAU ; Ecrits sur la musique, in Oeuvres de J.-J. ROUSSEAU, t.VIII, Chez Lefevre, Paris, 1819.(以下EMと略記)である。ただし、『音楽辞典』は、J.-J. ROUSSEAU ; Dictionnaire de musique, Chez Duchesne, Paris, 1768, Reprint, Olms, Hildesheim, 1969.(以下DMと略記)、『言語起源論』は、J.-J. ROUSSEAU ; Essai sur l'origine des langues ou il est parle de la melodie et de l'imitation musicale, Edition, introduction et notes par Charles Porset, Nizet, 1986.(以下OLと略記)を使用した。また音楽関係以外では、J.-J. ROUSSEAU ; Oeuvres Completes, ≪Bibliotheque de la Pleiade≫, t.I〜IV, Gallimard.(以下OCI〜IVと略記)を使用した。書簡については、Correspondance complete de J.-J. Rousseau, Edition critique, etablie et annotee par R. A. Leigh, Oxford. を使用した。
(註1) B. Didier; La musique des Lumieres, PUF, 1985, p.33. p.19-33を参照のこと。
(註2) C. Kintzler; Jean-Philippe Rameau, splendeur et naufrage de l'esthetique du plaisir a l'age classique, Minerve, 1988, p.129-130.
(註3) 『ルソー書簡全集』第2巻、手紙162 [1751,年6 月26日], p.159-160.
(註4) DM.p.308.
(註5) 諸般の事情とは、次のことが考えられる。まず、『百科全書』のために執筆した音楽関係の項目に満足のいくものが書けなかったために、きちんとしたものを書きたいという気持ちから(このなかには、『百科全書』にラモーへの批判を盛り込みたいというルソーの意向にもかかわらず、当時ラモーを尊敬していたダランベールからそれを削除されたことにたいする、怒りもふくまれる)。その他、『村の占い師』の評判以降巷に流れていたうわさ(ルソーは作曲なんかできない、ルソーは『村の占い師』の作曲者ではない)に応えて、ルソーは音楽に関する辞典をつくれるほど音楽に精通しているということを、一般に示したいという気持ちのため、『フランス音楽に関する手紙』にたいするラモーの批判から始まったラモーとの論争に辞典という全面的なかたちでけりをつけるため、などの理由が考えられる。
(註6) ここで取り扱っている主題に照らして、『音楽辞典』における≪音楽≫の項目と『百科全書』のためにルソーが書いた≪音楽≫の項目を比較してみることは、意味のないことではない。というのは、『音楽辞典』から先に引用した部分、「あるいはさらに≪音楽≫は、≪自然的≫と≪模倣的≫とにわけることもできよう」ではじまる、新しい分類の仕方を説明した部分が、『百科全書』にはないからである。≪音楽≫の項目をふくむ『百科全書』の巻が出版されたのは、この事業が様々の困難に遭遇したために、ずっと後年のことになったが、ルソーがこの項目を書いたのは、1749年の初めごろだと推定される。ルソーがダランベルーから『百科全書』のために音楽関係の項目を執筆することを頼まれたのは1748年の終わりか、翌49年の初めで、この年の1月から3月にかけてルソーは集中的にその執筆に没頭している。おそらくこの時期に≪音楽≫の項目が書かれたと考えるのがもっとも妥当だろう。この時期には、まだ音楽模倣論にふれたダランベールへの手紙もなければ、もちろん『学問芸術論』もまだ書かれていない。
(註7) OL. P.147.
(註8) Ibid., p.159.
(註9) Ibid., p.163.
(註10) Ibid., p.167.
(註11) Ibid., p.159. なお、旋律と和声の関係をルソーがどのようにとらえていたかについては、拙論「ルソーの音楽論 その一 −≪旋律の統一性≫−」(「大阪千代田短期大学紀要」第22号、1993年)を参照のこと。
(註12) Ibid., p.51.
(註13) Ibid., p.177.
(註14) Ibid., p.187.
(註15) Ibid., p.191, 193.
(註16) Ibid., p.195.
(註17) 「ルソーと隠された≪手≫その六 −まとめとして−」(「大阪千代田短期大学紀要」第20号、1991年)
(註18) ルソーの思想においては、つねに起源論=本質論である。ところで、ルソーは原初言語について「議論の代わりに、格言が好まれ、説き伏せずに納得させ、理を説かずに描きだすだろう」(OL. p.53)とか、「だが神に使えるものが聖なる言葉を言葉を告げ、賢者が民衆に法を与え、上に立つものが群衆を導くときには、アラブ語かペルシャ語を話さねばならない」(Ibid., p.135)と述べている。ルソーが『社会契約論』の立法者について書くときに『言語起源論』のこのような原初の言語をイメージしていたと想像することは、不可能なことではない。

賢者たちが、一般大衆に向かって、一般大衆の言葉ではなく、自分たちの言葉 で語ろうとすれば、彼らのいうことは理解されないだろう。ところが、人民の言 葉に翻訳できない観念は山ほどある。(・・・)こういう次第であるから、理法 者は力も理屈も用いることができないので、暴力を用いることなしに誘導し、説 き伏せなくても納得させるような、特別の秩序に属する権威に頼らざるをえない 。こういう事情から、あらゆる時代を通じて建国者たちはやむなく天の助けに訴 え、彼ら自身の英知を神々のものとしてほめたたえた。(『社会契約論』OCIII, p.383 )
(註19) OL. p.81.
(註20)Ibid., P.43.
(註21)Ibid., p.49.
(註22)「その結果、声、音、抑揚、階調は自然に由来するもので、約束上のものである分節された音の助けは少しも必要としないので、人々は話すかわりに歌うだろう。」Ibid., p.51.
(註23)バトゥー『芸術論』(<近代美学双書>)、一九八四年、玉川大学出版部
(註24)Ibid., p.24-25.
(註25)Ibid., p.34.
(註26)Ibid., p.58.
(註27)Ibid., p.77.
(註28)Ibid., p.43.
(註29)ibid., p.197.
(註30)ibid., p.201.
(註31)Ibid., p.197.
(註32)『エミール』OCIV. p.624.
(註33)C. Kintzler; op.cit., p.45. なお18世紀において情念の概念が理念化されたものから個別的なものへと変化したことについては、次のものを参照のこと。Cannone, Belinda, Philosophies de la musique (1752-1780), Paris, Aux Amateurs de livres, 1990, p.23および原註(41)。
(註34)『新エロイーズ』OCII. p.542.なお、衣食住をとおしたルソーの自然との関わり方の特徴については、拙論「ルソーにおける衣食住について」(註 「りべるたす」第6号、1992年を参照のこと。
(註35)Rameau; Demonstration du principe de l'harmonie, in Musique raisonnee, textes choisis, presentes et commentes par Catherine kintzler, Editions Stock, 1980, p.66.
(註36)Rameau; Preface au Traite de l'harmonie reduite a ses principes naturels, in Musique raisonnee, p.51.
(註37)C. kintzler, op. cit., p.44.
(註38)たとえば、イ長調は輝かしさ、ヘ長調は荘重、変ロ長調は悲劇的などの特徴がある。
(註39)C. Kintzler, op. cit., p.129. B. Didier; op.cit., p.26.
(註40)C. Kintzler, ibid., P.140.
(註41)Ibid., p.144.
「『言語起源論』を念頭におかずに『フランス音楽に関する手紙』を読むことは 、不可能だし、不誠実ということになろう。それは、ルソーが『言語起源論』に おいて跡づけている音楽の堕落の歴史が、フランス・オペラにたいする彼の攻撃 の根拠となるような理論的基礎固めを、結局は提供しているということである。 」
(註42)Samuel BAUD-BOBY; "Jean-Jacques Rousseau et la musique francaise, in Jean-Jacques Rousseau et la musique, Textes recueillis et presentes par Jean-Jacques Eigeldinger, A La Baconniere, 1988.
(註43)『グリム氏に宛ててフランスとイタリアの音楽劇を論ず』 『ルソー全集』第12巻、白水社、p.310.以下この書簡からの引用ページは表のなかにページ数のみ記す。
(註44)『フランス音楽に関する手紙』EM. p.290.以下この書簡からの引用ページは表のなかにページ数のみ記す。
(註45)『グリム氏に宛ててフランスとイタリアの音楽劇を論ず』op.cit., p.308.
(註46)Ibid., p.310.
(註47)『フランス音楽に関する手紙』EM. p.285.
(註48)Ibid., p.256-257.
(註49)この点については、拙論「ルソーと隠された≪手≫−まとめとして−」( 「大阪千代田短期大学紀要」第20号、1990年)を参照のこと。
(註50)OL. p.147.
(註51)『ラモー氏が主張する二つの原理の検討』、EM. p.338-339.
(註52)『グルック氏の「アルチェステ」に関する考察』、EM. p.380.
(註53)OL. p.29.
(註54)Ibid., p.35.
(註55)Ibid., p.175.
[初出掲載誌 大阪千代田短期大学紀要第23号(1994年12月)]

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